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[“神武東征神話①”の続き]
――満を持して近畿地方までやってきたカムヤマトイワレビコ御一行のお話


<青雲の白肩津>

――ザパーン!!

――ザパーン!!


カムヤマトイワレビコ「うぅ……ようやく陸か……。早く船を停めてくれ……」

イツセ「今さら船酔いなんて情けねぇなぁ、イワレビコ!」

サオネツヒコ「まぁ、浪速の渡は潮が速くて、一晩中揺れが酷かったですからねぇ」

イワレビコ「おかげで一睡もできなかった……ぉぇ……」

イツセ「あのなぁ、徹夜で船を操ってたサオネツヒコの方がお前よりずっと大変だったんだぞ?」

サオネツヒコ「いやぁ~、あっしはこれくらいでしかお役に立てないんで」

イワレビコ「うむ……サオネツヒコも疲れているだろうし、早く降りて休むところを探そう……」



???「待っていたぞ、日向の一味!!」



イワレビコ「む……?何だ何だ、騒々しい……」



???「フンッ、聞いて驚け!我こそは登美のナガスネビコ、貴様らの宿敵だ!!」バーン!!



イワレビコ「大きな声を出さないでくれ……リバースしそうなのだ……」



???「ふむ、体調が万全ではないようだな!ならばちょうどいい!」

???「貴様らの命、このナガスネビコがもらい受ける!!」



イワレビコ「朝っぱらから変なヤツに絡まれてしまったな……。一体何者だ??」

イツセ「“登美のナガスネビコ”とか言っていたが、俺も聞いたことないぞ」

サオネツヒコ「“登美”というのは、地図によるとどうやら大和国の地名のようですね」

イワレビコ「なるほど、要するに大和の国津神ということか……。面倒だ……」

イツセ「シカの国から来た刺客だな!脛が長そうなとこもシカっぽいし」

イワレビコ「いや、シカの脛骨は別に長くない……。中足骨が長いからそう見えるだけだ……」

イツセ「船酔い中のクセに細かいところにツッコむなぁ~」



ナガスネビコ「ごちゃごちゃ言っていないで観念しろ!!」

ナガスネビコ「者ども!戦闘用~~~意!!」

軍勢「ウオォォォォォ!!!!」



イツセ「くっ……なんて数の軍勢だ!!」

イワレビコ「……ぅぷっ!?(鬨の声で気分が……)」


イワレビコ「ま……待て、ナガスネビコ!こちらに害意は無い!」

イワレビコ「ここは友好的に……できるだけ静かに……話し合おうではないか!」



ナガスネビコ「“友好的に”……だと?」

ナガスネビコ「そもそも貴様らが先に大和を侵略しに来たんだろうが!!」

ナガスネビコ「侵略者が友好を騙るなど言語道断!我々は自衛のために断固として戦うぞ!!」



イワレビコ「いや……別に大和を侵略するつもりなんてこれっぽっちも――」

イツセ「あいつ、神武東征のゴール地点が大和だと勘づいてる!?さては古事記読者だな!!」

サオネツヒコ「なるほど、それで神武東征を阻止するためにここへ来たわけですかぃ」

イワレビコ「だからそういうネタバレ的なメタ発言はやめてくれ……」

サオネツヒコ「とにかく、ここは三十六計逃げるに如かず!早く船を出しましょう!!」

イツセ「おぅ!サオネツヒコ、疲れてるところ悪いが、頼むぞ!!」


イワレビコ「いや、ダメだ!!戦おう!!」


イツセ「何言ってんだ、イワレビコ!?多勢に無勢、勝ち目はないぞ!?」

サオネツヒコ「そうです!ここは一旦退きましょう!!」

イワレビコ「それは愚策だ!今船に乗るのは危険すぎる!!」

イツセ「一体どういうことだ……??」

サオネツヒコ「ま、まさか湾の出口にも伏兵が!?」

イワレビコ「もし今船に乗ったら――」


イワレビコ「間違いなく吐く!!」

イツセ「って、お前の船酔いの都合かよ!!」


イワレビコ「頼む……逃げるにしても、もう少し後にしてくれ……」

イツセ「ったく、しょうがねぇなぁ……。サオネツヒコ、盾を出してくれ!」

サオネツヒコ「はい、どうぞ!!」サッ

イツセ「おぅ、ありがとう!」ガシッ

サオネツヒコ「イワレビコの旦那も、さぁ!!」サッ

イワレビコ「うむ……」ガシッ


イツセ「よし、こいつで守りを固めながら、逃げ出す機を待つぞ!」

イワレビコ「承知した!」





ナガスネビコ「弓兵部隊、前へ~っ!!」

軍勢「……」ザッザッ

ナガスネビコ「放てぇぇぇ~っ!!」

軍勢「!!」グワッ!!


――ヒュンヒュン!!


イツセ「矢が来るぞ!盾を構えろ!!」ササッ!!

イワレビコ「応!」ササッ!!


――ベシッベシッ!!


イツセ「ふぅ……盾のおかげでどうにかしばらくは持ちこたえられそうだな……」

イワレビコ「うむ。しかしこのままではジリ貧だ……どうにか手を打たねば……」

イツセ「……ところで、ふと思いついたんだけどさ」

イワレビコ「何だ?この状況を打開する奇策が浮かんだのか??」

イツセ「いや、こうして船から盾を出して応戦したのにちなんで、この土地は“盾津(たてつ)”って名付けないか?」

イワレビコ「兄者……今はそんなどうでもいいことを考えてる暇はないだろう……」

サオネツヒコ「“盾津”もいいですが、T三連続はさすがにしつこいんで“蓼津”はどうでしょう?」

イツセ「あえて真ん中を濁らすのか、面白い!じゃあここは日下の蓼津と名付けよう!」

サオネツヒコ「現在の東大阪市の地名まで絡めるとは、さすがイツセの旦那!」

イワレビコ「だからそんなどうでもいいことを言っていないで戦闘に集中――」


――ヒュン!!


イワレビコ「!?」

イワレビコ「兄者、危ない!!」

イツセ「何ッ!?」クルッ


イツセ「うわっ、しまった!朝日が目に……まぶしっ!!」


――グサッ!!


イツセ「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」

イワレビコ「あ、兄者ぁぁぁぁぁっ!!!!」
サオネツヒコ「旦那ぁぁぁぁぁっ!!!!」





ナガスネビコ「うおぉぉぉ!やったぞ、命中だぁぁぁぁぁっ!!」

軍勢「ワァァァァァッ!!」





イツセ「くっ……俺としたことが、手に矢を喰らっちまった……」イテテ…

イワレビコ「サオネツヒコ!早く手当てを!!」

サオネツヒコ「はい!!」サササッ


イツセ「考えてみれば、俺は日の神の御子……朝日に向かって戦ったのは良くなかった……」

イツセ「そのせいで、あんな下賤な輩の矢を受けちまったんだ……」

イワレビコ「いや、この土地の地名など考えて、よそ見をしていたのが原因だと思うが……」

イツセ「この方角からじゃ分が悪い……。回り込んで、太陽を背にしてヤツを打ち取ろう!」

イワレビコ「太陽を背にしたいだけなら、夕暮れまで待てば良いのでは……?」

イツセ「おいおい……手負いの俺にあと半日持ちこたえろってのか……?」

イワレビコ「それは……確かに無理そうだな……」

イツセ「まだ船酔いが治りきってないかもしれんが、我慢してくれ」

イツセ「俺が合図したら、船に乗り込んで南へ向かうぞ!」

イワレビコ「やむを得ん……承知した!」





ナガスネビコ「敵は怯んでおる!このまま一気に打ち崩すぞ!!」

軍勢「ワァァァァァッ!!」

ナガスネビコ「矛部隊!鉄パイプ部隊!前へ~っ!!」

軍勢「……」ザッザッ

ナガスネビコ「突撃ぃぃぃ~っ!!」

軍勢「ワァァァァァッ!!」グワッ!!





イツセ「今だ、サオネツヒコ!ありったけの発煙弾を投げつけてやれ!!」

サオネツヒコ「承知しましたっ!!」ブンッ!!

イワレビコ「……えっ?」


――ドン!!

――モクモクモクモク…


イツセ「よし、今のうちに逃げるぞ!船に乗り込め!!」シュタッ!!

イワレビコ「……」

イワレビコ「もはやツッコむまい……」シュタッ!!


―――――――
――――
――




<血沼海>

――ザパーン!!

――ザパーン!!


サオネツヒコ「どうやら追手は来てないみたいですね」

イツセ「ふぅ……なんとか撒けたな」ヤレヤレ

イワレビコ「兄者、傷は大丈夫なのか?」

サオネツヒコ「とりあえず応急処置はしましたけど、早く医者に診てもらった方が……」

イツセ「大丈夫だって!このくらい、洗っとけばすぐ治るさ」

イワレビコ「そういうレベルの傷だろうか……?」


イツセ「そうだ!水なら周りにいくらでもあるんだし、早く洗っておこう!」

サオネツヒコ「あっ!旦那、その水はっ!!」

イツセ「こうして傷口に水を――」


――バシャッ


イツセ「……ッ!?」ビリビリッ!!


イツセ「「いってぇぇぇぇぇぇっ!!!!」」


サオネツヒコ「そりゃそうですよ……海水ですからね……」

イワレビコ「何をやっているのだ、兄者……」

イツセ「油断してた……今俺たちは海の上を移動中だったか……」

サオネツヒコ「あ~ぁ、海の水が旦那の血で赤く染まっちまいましたよ」

イツセ「じゃあ、ここの海は“血沼海(ちぬのうみ)”と名付けよう!」

イワレビコ「兄者……そのすぐ名前を付けたがるクセのせいで傷を負ったのに懲りぬのか……」

イツセ「だから、アレは日に向かって戦ったのが良くなかったんだって!日を背にできてれば――」

イワレビコ「わかったわかった。もういいから、大人しく休んでいなさい」

イツセ「適当に聞き流しやがって!そのうち絶対俺の正しさが証明されるからな!」

イワレビコ「そうなることに期待しておくとしよう」

イツセ「まったく……」モヤモヤ



イツセ「それにしてもこの傷……いてぇなぁ……」


―――――――
――――
――




<紀国・男之水門>

イツセ「うっ……ぐぅぅぅ……」ギリギリ

イワレビコ「兄者!しっかりしろ!!」

サオネツヒコ「港に着きましたよ!早く医者に!!」

イツセ「いや、どうやら俺はもうダメみたいだ……」

イワレビコ「何を言っているのだ、兄者!諦めるな!!」

イツセ「くそぉ……こんなところでリタイアなんて、やるせねぇなぁ……」

イワレビコ「途中棄権など許さんぞ!最後まで一緒に旅を続けよう!!」

イツセ「ハハッ……そりゃあ無理な話だ……。俺はここで死ぬって、古事記にも書いてある……」

イワレビコ「だからそういうネタバレ的なメタ発言はやめろ!」

イツセ「こんなシナリオ考えたヤツ……性格悪すぎだよな……」

イツセ「事故とかならともかく、さすがにこれは無いだろ……」

イツセ「よりにもよって――」



イツセ「「あんな下賤なヤツのせいで手傷を負って死ぬなんてよぉぉぉ!!!!」」



イツセ「……(死~ん」

イワレビコ「兄者……断末魔に雄叫びをあげるほど悔しかったか……」

イワレビコ「わかった。ならば私が兄者の仇を討ってやる!」

サオネツヒコ「では、その決意を忘れぬよう、この地はイツセの旦那が雄叫びをあげて没した港ということで、“男之水門(おのみなと)”と名付けましょう」

イワレビコ「うむ。兄者にちなんだ名前ということなら、私も賛成だ」

イワレビコ「兄者の亡骸は、この辺りで最も良い気の集まるところに葬ってやろう……」

サオネツヒコ「それなら、竈山というところが良いと観光ガイドで見ました」

イワレビコ「情報源がやや不本意だが……まぁいい。そこにしよう」



イワレビコ「兄者……これまでありがとう……」


―完―

【キャスト】
カムヤマトイワレビコ
イツセ
サオネツヒコ
ナガスネビコ
軍勢


作:若布彦(海水で傷を洗っちゃダメって、オオナムチに教わらなかったんでしょうか……?)

・・・次のお話はこちら⇒“神武東征神話③

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