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[“海幸山幸神話④”の続き]
――三年越しでホオリのもとを訪れたトヨタマビメのお話


<ホオリの家>

ホオリ「いや~、ホデリが農作業や雑用も引き受けてくれたお陰で、楽ができていいなぁ~」

ホオリ「毎日仕事に出掛けていた頃がまるで嘘みたいだ」

ホオリ「ステイホーム最高~♪」ダラダラ


――ガラガラッ!!


ホオリ「やべっ!誰か来た!?」ビクッ!!


トヨタマビメ「あなた!!」バーン!!


ホオリ「ト、トヨタマビメ!?どうしてここに??」

トヨタマ「どうしてもあなたにお会いしたくて、こちらから出向いて参りました!」

ホオリ「出向いてって……交通手段は?君もサメに乗って来たってこと!?」

トヨタマ「そこは企業秘密です♪」



トヨタマ「そんなことより、またお会いできて嬉しいですわ!!」

ホオリ「えぇ~っと……俺もそれは嬉しいんだけどさ……」

ホオリ「何て言うか……しばらく見ない間に……ずいぶん……変わったよね?」

トヨタマ「そうなのです!このご報告をするためにここまで来たのですよ!」

ホオリ「いや、別に報告とかしなくていいから!むしろ報告しないでほしかった……」

トヨタマ「いいえ、報告しないわけにはいきませんわ!なぜそんなことを仰るのです!?」

ホオリ「なぜって……ちょっと考えたらわかるだろう……?」

トヨタマ「わかりません!これを報告しないなんて、ホオリ様の妻失格ですわ!!」

ホオリ「いや、わざわざ“この三年で丸々と太りました”なんて報告するのは、妻以前に女として失格でしょ!!」

トヨタマ「!?」アゼーン

ホオリ(やべっ……ちょっと言い過ぎたかな……)



トヨタマ「ちょ、ちょっと待ってください。どうやら勘違いをされているようですわ」

ホオリ「えっ?勘違い……?」

トヨタマ「私のこの大きなお腹は、単に太ったからこうなったのではありません」

ホオリ「違うの!?てっきり長年の宴三昧による暴飲暴食が祟ったのかと……」

トヨタマ「実は、私は身籠っておりまして、今がちょうど臨月なのです」

ホオリ「えぇっ!?妊娠してるの!!??」

トヨタマ「はい。それで、天津神の御子は海原で産むべきではないと思い、出向いて参りました」

ホオリ「天津神の……御子……?」


ホオリ「えっ?ちょっと待って……もしかして、そのお腹の子が俺の子だとか言うつもり??」

トヨタマ「私はあなたの妻なのですから、あなたの子に決まっているではありませんか」

ホオリ「でもさ、俺が君と一緒に暮らしていたのはもう三年前の話だよ?」

トヨタマ「それが何か?」キョトン

ホオリ「妊娠期間は通常40週前後……俺の子だとしたら計算が合わないだろ!?」

トヨタマ「ですが、ウバザメの妊娠期間は2~3年、ラブカはそれ以上とも言われていますわ」

ホオリ「サメはサメ!ヒトはヒトだよ!」

トヨタマ「何を仰いますか。あなたは古事記に出てくる神でしょう?」

ホオリ「うっ……それはそうだけど……」

トヨタマ「それに、私たちの国では三年なんてあっという間だというのはあなたも体感なさったはずです」

ホオリ「た、確かに……」

トヨタマ「ほら、何もおかしなところはありませんわ。この子はあなたの子で間違いありません」

ホオリ「う~ん……なんかうまく言いくるめられたような気がするけど、まぁいいか」


トヨタマ「では、急で申し訳ありませんが、産屋を建てていただけませんか?」

ホオリ「わかった、ホデリに頼んでおくよ」

トヨタマ「ありがとうございます♪」

ホオリ「普通の茅葺屋根の産屋でいいかな?」

トヨタマ「そうですねぇ……できればもう少し防音性の優れた産屋だと嬉しいのですが……」

ホオリ「防音性か……それなら、茅の代わりに鵜の羽で屋根を葺こう!」

トヨタマ「鵜の羽で……ですか?」

ホオリ「羽毛は吸音材にも使われるからね。鵜の羽で屋根を葺けば、きっと防音性も完璧だよ!」

トヨタマ「なるほど!でしたらそれでお願いいたしますわ」

ホオリ「任せといて!まぁ、造るのは俺じゃなくてホデリだけど」


―――――――
――――
――




<しばらく後>

トヨタマ「あ……あなた……」フラフラ

ホオリ「トヨタマビメ!?どうしたんだ、そんな青い顔して!?」

トヨタマ「う……産まれそうですわ……」

ホオリ「えぇっ!?もう産気づいたの!!??」

トヨタマ「う……産屋の準備は……?」

ホオリ「それが、まだ未完成なんだよ。屋根材にする鵜の羽が揃ってないとかで……」

トヨタマ「ですが、屋根以外はできているのですね……?」

ホオリ「あぁ、一応ね」

トヨタマ「でしたらそれで構いません……。私は今から産屋に入ります……」


トヨタマ「ただ、その前に一言お伝えしておかねばなりません……」

ホオリ「なんだい?」

トヨタマ「異国の者は皆、出産時には本国の姿で出産するものです……」

トヨタマ「従って、私も今から“真の姿(トゥルー・フォーム)”に戻って出産いたします……」

ホオリ(“真の姿”!?そんな中二病的なのがあるの!?)

トヨタマ「お願いですから、出産が終わるまで私のことを見ないでくださいね……」

ホオリ「えぇ~っと……とりあえず産屋を見に行かなければいいんだね?わかったよ」

トヨタマ「はい……。屋根が未完成で丸見えだからと言って、覗いてはなりませんよ……?」

ホオリ「覗かないよ。俺、血とか苦手だし……」

トヨタマ「くれぐれも、こっそり私の真の姿を見ようなどとは考えないでくださいね?」

ホオリ「わかってるって」

トヨタマ「見るなよ?絶対見るなよ!?」

ホオリ「お、おぅ……」

 ・
 ・
 ・

ホオリ「さて……」

ホオリ「さっきのって絶対フリだよな?ここで姿を見に行かないのは逆に失礼なのでは?」

ホオリ「でも、もし本当にダメなパターンだったら……」


ホオリ「うるせェ!!いこう!!」ドンッ!


―――――――
――――
――




<産屋周辺>

ホオリ「こっそりこっそり……バレないように……」ソローリ


――バタバタバタッ!!
――ベチベチベチッ!!


ホオリ「うわっ!なんだなんだ、この音は!?」

ホオリ「もしかして、産屋で何かあったんじゃ……」ゾクッ

ホオリ「だとしたら大変だ!早く行かなきゃ!!」ダッ!!

 ・
 ・
 ・

ホオリ「トヨタマビメ!何かあったのか!?」シュバッ!!



ヤヒロワニ「えっ?」ドキッ



ホオリ「……えっ?」ポカーン



ヤヒロワニ「……」
ホオリ「……」



ワニ&ホオリ「「えぇぇぇぇぇぇっ!!??」」ズガーン!!



ヤヒロワニ(ホオリ様!あんなに見ないでって言ったのに、なぜここに!?)

ホオリ(なんだあのでっかいサメ!?ヒトヒロワニどころか、八尋級の大きさじゃないか!!)

ヤヒロワニ(あ~もうヤダ!こんなスッピンの姿を見られるなんて恥ずかしいっ///)カァッ!!

ホオリ(なんであんなのが産屋でのたうち回ってるんだ!?トヨタマビメはどうした!?)

ホオリ「お、おい!そこの――」


ヤヒロワニ「「覗かないでって言ったのに!!」」ギロッ

ヤヒロワニ「「あっち行ってぇぇぇぇぇっ!!!!」」クワァァァッ!!



ホオリ「ひぇっ!!」ビクッ!!

ホオリ「う……うわぁぁぁっ!食われるぅぅぅぅぅっ!!」スタコラサッサー

 ・
 ・
 ・

ヤヒロワニ「ハァ……ハァ……」

ヤヒロワニ「うっ……ぅぅぅ……」ギリギリ…



赤子「おぎゃあ!おぎゃあ!」



トヨタマ「ハァ……ハァ…………」

トヨタマ「こんにちは……私の赤ちゃん……」

赤子「おぎゃあ!おぎゃあ!」

トヨタマ「あなたを育て上げるまで、私は毎日でも海の道を通ってここへ通うつもりだったのだけど……」

トヨタマ「“真の姿”を覗き見られたのは、女子的にはとても恥ずかしいことなの……」

トヨタマ「だから、ごめんなさい。私はあなたをここへ置いたまま、海の道を塞いで国へ帰るわ」

赤子「おぎゃあ!おぎゃあ!」

トヨタマ「大丈夫、きっとホオリ様ならあなたを立派に育ててくれます」

トヨタマ「それじゃあ……」


トヨタマ「さようなら!!」ダッ!!


――ザバーン!!


―――――――
――――
――




<しばらく後>

ホオリ「さて……ついビビッて逃げてきてしまったが……」

ホオリ「冷静に状況を整理しよう――」



ホオリ「トヨタマビメは“真の姿”で出産すると言って産屋へ向かった」



ホオリ「出産が終わるまで、その姿を見てはいけないとも言っていた」



ホオリ「それを“振り”だと思って様子を見に行ったら、産屋には巨大なサメがいた」



ホオリ「これらの事実から推測される真実は――」

ホオリ「もしかして、あのサメがトヨタマビメの“真の姿”だったのでは……?」


ホオリ「っていうか、それ以外あり得ないよなぁ……」

ホオリ「どうしよう……言いつけを破って“真の姿”を見たこと、きっと怒ってるよなぁ……」



ホオリ「……」



ホオリ「謝りに行かなきゃ!」タタタッ


―――――――
――――
――




<産屋周辺>

ホオリ「で、産屋の近くまで来たはいいものの……」

ホオリ「まだ“真の姿”のままだったら、余計に怒られるんじゃ……」



赤子の声『おぎゃあ!おぎゃあ!』



ホオリ「ん?この声は……」

ホオリ「どうやら無事出産は終わったみたいだな!それならもう大丈夫なはず!」

ホオリ「トヨタマビメぇ~!!」タタタッ

 ・
 ・
 ・

赤子「おぎゃあ!おぎゃあ!」

ホオリ「あれ、赤ん坊しかいない!?トヨタマビメは??」


ホオリ「……あっ、こんなところに手紙が」スッ



『親愛なるホオリ様』

『当初、私は今後も毎日海の道を通ってこちらへ通おうと思っておりました』

『しかし、あなた様に“真の姿”を覗き見られたことが恥ずかしくてなりません』

『ですから、私は海の道を塞いで自分の国へ帰ります』


『この子の名は、“アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト”などいかがでしょう?』

『“茅に代わる鵜の羽の屋根を葺き終える前に生まれた、強く貴い天津神の御子”という意味です』

『どうか立派に育ててあげてください』


『あなたの妻 トヨタマビメより』



ホオリ「……」クシャッ

ホオリ「トヨタマビメ……もう二度と君には会えないのか……」

ホオリ「俺は……俺はなんてことをしてしまったんだっ……!!」

ホオリ「うぅ……トヨタマビメ……」グスン…


ウガヤフキアエズ「おぎゃあ!おぎゃあ!」


―完―

【キャスト】
ホオリ
トヨタマビメ
ウガヤフキアエズ


作:若布彦(妻の“真の姿”がサメと知っても愛し続けられるホオリはイケメン)

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