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[“海幸山幸神話②”の続き]
――ワタツミの宮での生活にも慣れたホオリが当初の目的を思い出すお話


<ワタツミの宮>

トヨタマビメ「あなた、今夜はせっかくの宴ですよ。さっ、お飲みになってくださいな」トットットッ…

ホオリ「あ、あぁ……ありがとう」


ホオリ「って言うか“せっかくの宴”も何も、俺が来てから毎晩宴続きじゃないか??」

トヨタマ「そんなことありませんよ。宴をするのは記念日だけです」

ホオリ「記念日……?今日って何の日だったっけ?」

トヨタマ「フフッ、今日はあなたがこの国へ来て三年経った記念日ですよ♪」

ホオリ「えぇっ!?もうそんなに経った???」

トヨタマ「えぇ。ついでに明日は“たぶん経ったと思う記念日”です」

ホオリ「なにちょっと自信無くなってんだよ!!」

トヨタマ「明後日は“経ったんじゃないかな記念日”、その次は“ま、ちょっと覚悟はしておけ記念日”で――」

ホオリ「いや、記念日にするくらいならちゃんと特定して!!」

トヨタマ「そうは言っても、あなたが元いた日向国とこことでは暦も違うかもしれませんし……」

トヨタマ「いつを以て“三年”とするかハッキリと決めるのは難しいのですよ」

ホオリ「なんかそれっぽく言ってるけど、単に飲みすぎで日付感覚が麻痺してるだけじゃ……?」

トヨタマ「そ、そんなことは……」ギクッ



ホオリ「それにしても、ずいぶん長居しちゃったなぁ……俺も暇じゃないのに……」



ホオリ「……って、あれ?俺は一体何をしにここに来たんだっけ??」

トヨタマ「何を仰るんですか?私を娶りにいたしたんでしょう///」ポッ

ホオリ「いや、何かもっと真面目な目的があったはず……何か……」ポクポクポク…



ホオリ「……あっ!!」ピコーン!!

ホオリ(そうだ、俺はホデリの釣り針を無くして、困り果ててここに来たんだった……)

ホオリ(それなのに、三年間も無為に過ごして……何やってんだよ……)



ホオリ「はぁぁぁ~……」ズーン…

トヨタマ「あなた、どうかなさいましたか?」

ホオリ「いや、ちょっとね……」

トヨタマ「??」



ホオリ「…………」
トヨタマ「…………」



ホオリ(今さらこんな相談を切り出すのも気が引けるなぁ……)
トヨタマ(さっきの深いため息……これはただ事じゃないかもしれません!どうにかしなきゃ!!)



トヨタマ「あなた!私、父様にもお酌して参りますので、ちょっと待っていてくださいね!」

ホオリ「えっ?あぁ、うん、行ってらっしゃい」

トヨタマ「すぐに戻ります!!」シュババッ!!

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トヨタマ「父様!!」

ワタツミ「おぉ、おトヨか。今宵の宴も愉快よのぉ、ガッハッハッ!!」

トヨタマ「呑気に鯛やヒラメの綾子舞なんて見ている場合ではありません!大変なのです!!」

ワタツミ「ん?そんなに慌ててどうしたのだ?」

トヨタマ「ホオリ様のことなのですが……」

ワタツミ「空津彦殿がどうかしたか?夫婦生活も順調なようで、心配事など無さそうだが……?」

トヨタマ「えぇ。かれこれ三年暮らしていますが、その間ため息ひとつ漏らしたところを見たことはありませんでした」

ワタツミ「やはりここでの生活を気に入ってくれているようだな!めでたい、めでたい!」

トヨタマ「ところが!今夜突然、超!もの凄~~いため息を吐いたのです!!」

ワタツミ「何!?超!もの凄~~いため息だと!!??」

トヨタマ「もしかして、これは何かワケありなのではないかと……」

ワタツミ「よし、わかった!ワシが直々にその理由を訊いてきてやろう!」

トヨタマ「さすが父様!それとなくお願いしますわ!」

ワタツミ「それとなく、だな?任せておきなさい!」スクッ

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ワタツミ「やぁやぁ、空津彦殿!楽しんでおるかね?」

トヨタマ「♪」ニコニコ

ホオリ「あぁ、お義父さん。いつもどおり、“ぼちぼち”楽しんでますよ~」

ワタツミ「ガッハッハッ!!なかなか空津彦殿を“最っ高に”楽しませるのは難しいのぉ!」

ホオリ「下手なこと言うと、これから一生同じ宴会プランにされそうですからね~」

ワタツミ「あ~……それはそうと空津彦殿?」

ホオリ「はい?」

トヨタマ(さぁ、それとなく訊き出すのよ父様!)



ワタツミ「さっきおトヨから、空津彦殿は三年間ここにいてため息なんて吐いたことなかったのに、今夜は超もの凄~~いため息を吐いていたと聞いた」

ワタツミ「もしかして、何かワケありなのでは?そもそも、ここへ来た理由は何なのだね?」

トヨタマ(どストレート!?)


ホオリ「うっ……」ギクッ

ワタツミ「まぁ、答えたくないと言うならそれで良いのだがね」

ワタツミ「ただ、あまりおトヨに心配をかけないでやってくれないか?」

ホオリ「いや、別に隠すようなことじゃないので……」


ホオリ「今さら言うのもなんなんですが――」

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ホオリ「カクカクシカジカ……というわけで……」

ワタツミ「なるほど、兄上の釣り針を無くしたことを酷く責められて、ここに来たと……」

ホオリ「まぁ、シオツチのじいさんに言われて来ただけですけどね……」

ワタツミ「承知した。ではその釣り針はこのワシが探し出そう!」

ホオリ「えぇっ!?そんなことできるんですか??」

ワタツミ「ワシは海の神だ。海のことならばだいたいどうにかできる場合が多い!」

ホオリ「何その頼りになるんだかならないんだか微妙な言い回し……」

ワタツミ「まぁ任せておきなさい!」



ワタツミ「「皆の者、集まれぇぇぇ~い!!」」


――ゾロゾロ
――ゾロゾロ


魚A「はいは~い」

魚B「お呼びですかい、王様?」

ワタツミ「お主らに訊きたいことがある!」

ワタツミ「空津彦殿の兄上の釣り針が何者かに取られたらしい。この釣り針を取った魚はいないか?」

魚A「そう言われましても……特に心当たりは……」

魚B「そう言やぁ、最近赤海鯽魚(あかちぬ)が喉に骨が刺さって物が食えねぇとか言ってやしたぜ?」

ホオリ「アカチヌ……?」

ワタツミ「赤海鯽魚とは、赤い鯛のことですな」

魚A「そうか、あいつの喉に刺さったのがただの骨じゃないとしたら……」

魚B「きっとあいつがその釣り針を取ったに違ぇねぇです!」

ワタツミ「なるほど。では早速赤海鯽魚をここへ連れて来るのだ!」

魚たち「はっ!!」


―――――――
――――
――




<しばらく後>

トヨタマ「はい、あ~ん♪」

鯛「あ~……」

トヨタマ「そのままそのまま~」

トヨタマ「ちょっとチクッとするかもしれないけれど、頑張るのよぉ~」

鯛「あ~……」


――ズブッ


鯛「ぁが!!」

トヨタマ「……よし!よく頑張りましたね。はい、お口洗って~」

鯛「クチュクチュクチュ……ペッ!!」

鯛「ふわっ!喉のイガイガが無くなりました!!」

トヨタマ「はい、じゃあ今日はこれでおしまい。麻酔が切れるまで3時間は何も食べちゃダメよ?」

鯛「ありがとうございます、トヨタマビメ様!!」ルンルン♪



トヨタマ「父様、取れましたわ!」スッ

ワタツミ「でかしたぞ、おトヨ!ではこれをしっかり洗い清めて……」


――ジャバジャバ


ワタツミ「空津彦殿!お探しになっていた釣り針ですぞ!」

ホオリ「おぉ!たぶんこれで間違いないです!ありがとうございます♪」

ワタツミ「それは良かった。探し物が見つかったついでに、一つワシからアドバイスを……」

ホオリ「何ですか?」

ワタツミ「これを兄上に返すとき、こう言いなされ――」



『この釣り針は、淤煩鉤(おぼち)、須々鉤(すすち)、貧鉤(まぢち)、宇流鉤(うるち)』



ホオリ「んん??どういう意味ですか?」

ワタツミ「釣り針に、持ち主の気を滅入らせ、苛立たせ、貧しくさせ、堕落させる呪詛をかけるまじないといったところですかな」

ホオリ「えぇっ!?そんな喧嘩売るようなこと言えませんよ!!」

ワタツミ「なぁに、小声で呟けば十分です」

ワタツミ「それから、針は後ろ手にして渡すと良いでしょう」

ホオリ「後ろ手にって……えっ?難しくない??」

ワタツミ「まぁそこはなんとかしてくだされ。そこまでやってまじないの完成ですからな」

ホオリ「でも、俺は別にホデリに仕返ししたいわけじゃないし、そんなまじないしなくても……」

ワタツミ「甘いですぞ、空津彦殿!相手はたかが釣り針ごときでムキになる兄上です!」

ワタツミ「三年も行方をくらましていた空津彦殿が今さら釣り針を返したとて、すんなり仲直りとはいきますまい」

ホオリ「それは……そうかも……」

ワタツミ「ですから、多少痛い目に遭わせて反省させるべきなのです!」

トヨタマ「さすが父様!私も同感ですわ!!」

ホオリ「う~ん……まぁ、わかりました……」



ワタツミ「さて、次のアドバイスですが――」

ホオリ「えっ、まだあるの!?」

ワタツミ「もちろんですとも。次は空津彦殿と兄上が田んぼを造る際の話です」

ホオリ「なぜ田んぼ……??」

ワタツミ「呪詛のかかった釣り針では漁などうまくいくはずがありません」

ワタツミ「そうなれば、兄上は新たに田んぼを造って減収分を補おうとするはずです」

ホオリ「確かに、ホデリは狩りはできないし、漁がダメなら農業に専念するだろうなぁ……」

ワタツミ「空津彦殿も、新しく田んぼを造る必要がありましょう?」

ホオリ「まぁ、前の田んぼはもう荒れ地になってるでしょうし、そのつもりですけど」

ワタツミ「では、兄上が高いところに田んぼを造ったら、空津彦殿は低いところにお造りなさい」

ワタツミ「逆に兄上が低いところに田んぼを造ったら、空津彦殿は高いところにお造りなさい」

ホオリ「土地の取り合いで喧嘩にならないように、とかそういうことですか?」

ワタツミ「いえ、ワシは水を操れますゆえ、兄上の田んぼだけ干上がらせてみせましょう!」

ホオリ「えげつなっ!!って言うか、海だけじゃなく田んぼの水も操れるとは……」

ワタツミ「三年もすればきっと兄上は貧しさに苦しむことでしょうな、ガッハッハッ!!」

トヨタマ「さすが父様!抜かりありませんわね!」



ホオリ「でも、そんなに嫌がらせして大丈夫かなぁ……?」

ワタツミ「心配ご無用!もしこれらのことを恨んで兄上が襲ってきたら、これを使いなされ」スッ

ホオリ「これは……でっかい真珠ですか?」

ワタツミ「右が潮満珠(しおみつたま)、左が潮乾珠(しおふるたま)というものです」

ホオリ「おぉ!なんかレアアイテムっぽい!!」

ワタツミ「潮満珠は出せばたちまち潮が満ち、潮乾珠は出せばたちまち潮が引く優れものですぞ」

ホオリ「それは凄い!……けど、こんなものどう使えと??」

ワタツミ「フッフッフッ、兄上が襲い掛かってきたときは潮満珠を出して溺れさせ、命乞いをしてきたら潮乾珠を出して助けてやりなされ」

ホオリ「み、水攻め!?そんなマフィアみたいな真似はさすがに……」

ワタツミ「いやいや、わからず屋の兄弟はとことん苦しめてやるべきなのですよ!」

ホオリ「お義父さん……発想が完全に悪役のそれなんですが……」

ワタツミ「なぁに、最終的に助けてやれば悪にはなりますまい!それに、世の中勝てば官軍ですからな!ガッハッハッ!!」

トヨタマ「さすが父様!正義は常に勝つのですね!」

ホオリ(お義父さんだけは絶対敵に回さないようにしよう……)


―完―

【キャスト】
ホオリ
トヨタマビメ
ワタツミ




作:若布彦(三年間も釣り針が刺さりっぱなしだった鯛が不憫すぎて……)

・・・次のお話はこちら⇒“海幸山幸神話④

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