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[“海幸山幸神話①”の続き]
――ホデリとの関係修復に悩んだホオリが海の向こうへ旅立つお話


<海辺>

ホオリ「はぁ……」ズーン…

ホオリ「どれだけ謝っても、お詫びの品を贈っても、ホデリに許してもらえない……」

ホオリ「もうこのまま一生、仲直りできないのかなぁ……」

ホオリ「うぅ……」シクシク…



???「おやおや、どうしたんじゃ若いの?」



ホオリ「……ん?じいさん、あんた何者だ?」

???「ワシはシオツチという者でな、まぁ製塩の神といったところじゃ。お前さんは?」

ホオリ「俺はホオリ、ニニギノミコトの三男のホオリだよ」

シオツチ「ほぉ、お前さんが噂の空津彦(そらつひこ)かぃ」

ホオリ「“ソラツヒコ”……?なんだそれ??」

シオツチ「いやいや、気にせんでくれ。ワシらが勝手にそう呼んでおるだけじゃて」

ホオリ「まぁ別に呼び名なんてどうでもいいけど……」



シオツチ「それで、空津彦ともあろう者がどうしてこんなところで泣き憂いておるんじゃ?」

ホオリ「実は、この間ホデリ……俺の兄貴と仕事道具を交換したんだ」

ホオリ「で、俺は兄貴から漁の道具を借りたんだけど、その釣り針を無くしちゃって……」

シオツチ「ほぉ、それは困ったのぉ……」

ホオリ「兄貴が『釣り針を返せ』って言うもんだから、釣り針をたくさん作って弁償しようとしたんだけど、受け取ってくれないんだよ……」

ホオリ「何度謝っても、『あの釣り針を返せ』の一点張りで……」

シオツチ「なるほど、数の問題ではなくあくまで現物が良いと……」

ホオリ「それで、もうどうしたらいいかわからなくて、困って泣いてたんだ……」

シオツチ「ふむふむ」



シオツチ「相分かった。では、ワシがお前さんに良い策を教えてやろう」

ホオリ「なに!?本当か??」

シオツチ「ホッホッホッ♪ワシは“製塩(せいえん)”の神じゃ。困っている若者に“エール”を贈るのもワシの仕事のうちよ」

ホオリ「いや、そんなダジャレはどうでもいいわ!!」

シオツチ「まぁ冗談はさておき、ちと準備があるので待っていてくれるかの?」

ホオリ「今は藁にも縋りたい状況だ。本当に策があるなら、いつまででも待つからよろしく頼むよ!」

シオツチ「ホッホッホッ♪なぁに、10行もあれば済む簡単な準備じゃて、ポージングの練習でもして待っていなさい」

ホオリ「いや、別に俺アイドルとかじゃないんだけど……」

 ・
 ・
 ・
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 ・

シオツチ「待たせたのぉ、空津彦!」

ホオリ「ホントに10行くらいで戻って来た……」

シオツチ「お前さんにこいつをやろう!」ジャーン

ホオリ「これは……竹を編んで作った小船……の、オブジェかな?」

シオツチ「オブジェではない!きちんとお前さんが乗れるように作ってある」

ホオリ「まぁ十分乗れるサイズではあるけど、こんなのに乗ってもしょうがないだろ?」

シオツチ「いいから、いいから!ほれ、早く乗りなさい」グイグイ

ホオリ「お、押すなって!わかったわかった、乗るから!!」


――ヒョイッ


ホオリ「それで、こんな竹細工に俺を乗せてどうするつもりなんだ?」

シオツチ「ホッホッホッ♪今からワシがこの船を押して海に流そう」

ホオリ「海に流す……って、ちょっと待ってよ!」

ホオリ「いくら編み目が詰まってたって、竹細工なんかじゃすぐ沈んじゃうって!」

シオツチ「大丈夫じゃて!ほれ、行くぞ!!」ググッ!!

ホオリ「ホ、ホントに押すの!?……わわっ!!」グラッ


――ズリズリズリッ


シオツチ「しばらく流されるまま進んでゆくと、ちょうど良い“道”があるはずじゃ」

ホオリ「海の“道”って……海流か何かか?」

シオツチ「まぁそんなところじゃな」

シオツチ「その道に乗ってゆくと、魚の鱗のような造りの宮殿がある。それがワタツミノカミの宮じゃ」

ホオリ「魚の鱗……?屋根だけじゃなくて、壁も瓦張りってこと??」

シオツチ「その宮の門前に着いたら、すぐそばの井戸の上に立派な桂の木があるじゃろう」

シオツチ「その木の上で待っていれば、ワタツミノカミの娘っ子がお前さんを見つけて上手いこと取り計らってくれるはずじゃ」

ホオリ「上手いことって……肝心なトコが曖昧過ぎるんですけど!?」

シオツチ「まぁ行けばわかるじゃろ。そら、しっかり掴まっておれ!」ググググッ!!


――ザパーン!!


――ドンブラコードンブラコー


ホオリ「……あっ、意外と普通に浮いた。竹細工すげー!」ホッ



シオツチ「達者でのぉ~、空津彦ぉ~!!」バイバーイ



ホオリ「おぉ~!ありがとなぁ~、じいさ~ん!!」バイバーイ


―――――――
――――
――




<ワタツミの宮:門前>

――シュタッ!!


ホオリ「ほぇ~、海ってこんな竹細工の船でも渡れちゃうもんなんだなぁ~」

ホオリ「えぇ~っと、ここがワタツミの宮……なのか?」

ホオリ「筆舌に尽くしがたいけど確かに魚の鱗っぽい感じしてるし、きっとそうだよね?」

ホオリ「それじゃあ、井戸と桂の木は……あれかな?」スタスタ



ホオリ「この桂の木に登ればいいんだっけ?」

ホオリ「幸い、木登りなら大の得意分野だ!いっくぞぉ~!!」


――スルスルスルー


ホオリ「へへっ、どんなもんだい!“山幸彦”の名は伊達じゃないぜ♪」

ホオリ「さぁ~て、あとは待つだけ待つだけ~」


―――――――
――――
――




<しばらく後>

ホオリ「…………」ボケー

ホオリ「誰も……来ない……」ボケー

ホオリ「ホントにこれでいいのかなぁ……?普通にインターホン押した方が早いんじゃ……」


――ギィィィィッ


ホオリ「んっ?門の開く音がっ!」

ホオリ「誰かこっちに向かって来るぞ!!」




???「みっずくっみ みっずくっみ らんらんら~ん♪」(※水汲み 水汲み ランランラン)

???「きょうも おっしごっと た~のし~いなぁ~♪」(※今日も お仕事 楽しいな)




ホオリ(見るからにアホっぽい女の子だ……)

ホオリ(あれがワタツミの娘なのか……?)




???「たま~のうっつわ~に おっみず~をい~れて♪」(※玉の器に お水を入れて)

???「と~よた~まねぇさま~に とっどけ~るよぉ~♪」(※トヨタマ姉さまに 届けるよ)

???「いど~のおっみず~は ひ~んや~り――」(※井戸のお水は ひんやり――)


――ピカーッ!!


???「はわわっ!?井戸の水に光がっ!!眩しいっ!!」タジッ

???「この時間ならお日様も直には差し込まないはずなのに……なんで?」チラッ



ホオリ「あっ(目が合った……)」

???「あっ(誰かいる……)」



???「ふぇぇっ!?なんでこんなところにイケメンさんが!!??」タジッ

ホオリ「いや、これはそのぉ~……」

???「今日はご来訪の予定は無かったはず……」

???「まさか、アポ無しの飛び込み営業ですか!?足で稼ぐスタイルの方ですかぁっ!?」

ホオリ「えぇ~っと……俺の話は置いといて、ちょっと君に訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

???「な、なんでしょう……??」

ホオリ「君がワタツミの娘さんなのかい?」

???「いえ、わたしはトヨタマビメさまの侍女ですが……」

ホオリ「なるほど、その“トヨタマビメ”ってのがワタツミの娘か」

侍女「イケメンさん、トヨタマ姉さまのお名前すら知らずにここへいらっしゃったのですか……?」

ホオリ「あぁ~、うん。ちょっと紹介みたいな感じでね」

侍女「ふ~ん……」


ホオリ「そういうことだから、トヨタマビメに会わせてもらえないかな?」

侍女「……失礼ですが、そのご紹介された方はどちらに??」

ホオリ「ここには来てないけど?」

侍女「でしたら面会は無理ですので、お引き取りください!」

ホオリ「えぇっ!?なんでだよ??」

侍女「だってイケメンさん、どう見ても不審者ですもん!!イケメンですけど!」

ホオリ「ふ、不審者!?」ガーン!!

侍女「トヨタマ姉さまのお名前も知らず、付き添いの方もいないなんて怪しすぎます!!」

ホオリ「うっ……そう言われると確かにそうかも……」グサッ!!

侍女「そういうことなので、どうぞお引き取りください」

ホオリ「ちょ、ちょっと待って!だったらせめて手紙を渡してもらえないか?」アセアセ

侍女「ダメです!手紙に何か細工するつもりでしょう?」

ホオリ「そんなことしないよ!」

侍女「信用できません。イケメンはみんな嘘つきですから」

ホオリ「何その偏見!?いや、イケメン扱いしてくれるのは嬉しいけどさ……」

侍女「では、私は急ぎますので」イソイソ



ホオリ(マズい……このままじゃワタツミの娘に会えないぞ……)

ホオリ(何かいい手はないか……?何か……)



ホオリ(……そうだ!!)ピコーン!!



ホオリ「ちょっと待ってよ!!」

侍女「しつこいですよ、イケメンさん!もうお引き取りください!!」

ホオリ「いや、帰るにしてもこのままじゃ干上がっちゃうからさ、水をもらえないかな?」

侍女「お水……ですか?」

ホオリ「うん。その器に水を汲んで、ちょっと貸してよ。それくらいならいいだろ?」

侍女「う~ん……しょうがないですねぇ。イケメンさん、イケメンだから特別ですよ?」


――ジャボッ


侍女「はい、水を汲んであげましたよ。どうぞ」スッ

ホオリ「ありがとう、侍女ちゃん♪」



ホオリ(よし、あとはこの首飾りを解いて……)シュルシュル

ホオリ(飾り玉を口にっ!!)パクッ!!



侍女「えっ!?ちょっと、イケメンさん!なんで水を飲まずに首飾りの玉を口に入れてるんですか!?」

侍女「そんなにお腹が空いてるなら、こっそりおにぎりくらい持ってきてあげても……」



ホオリ「……ぺっ!!」カラカラッ



侍女「あぁぁぁっ!!口に入れた玉を器に吐き出すなんて、下品ですよ!!」

ホオリ「ごめんごめん、これしか方法が思いつかなかったからさ!」ヘラヘラ

侍女「もう!器を洗わないといけないじゃないですか!」プンスカ!!

ホオリ「洗っても無駄だと思うから、そのまま持って帰りなよ」ヘラヘラ

侍女「そんなわけにはいきません!侍女たる者、汚れた器をそのままになんて――」



侍女「……あれ?」ゴシゴシ

侍女「……おかしいですね」ゴシゴシゴシ

侍女「んんんん~~~~っ!!!!」ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ!!!!



侍女「た、玉が……器にくっついて取れない!!」ガーン!!

ホオリ「だから無駄だって言ったじゃん」ヘラヘラ

侍女「あぁっ!!しかも、よく見たら器の底にくっついた玉が――」



 AITAI横




侍女「“AITAI”って形になってる!!」

ホオリ「おぉ~、こりゃあ不思議なこともあるもんだなぁ~」ヘラヘラ

侍女「イケメンさん!謀りましたね!?」

ホオリ「まぁ、取れないもんは仕方ないし、君の主も水を待ってるだろうから早く戻りなよ~」ヘラヘラ

侍女「うぅ……こんなの絶対怒られるじゃないですかぁぁぁ~」グスン…



ホオリ(これでどうにか……頼む!!)


―――――――
――――
――




<ワタツミの宮:屋内>

侍女「トヨタマ姉さまぁ~……」グスグス…

トヨタマビメ「あら、遅かったわね。泣きそうな顔してどうしたの?」

侍女「ごめんなさい……大切な器を……汚しちゃいましたぁぁぁ~!!」ポロポロ…

トヨタマ「クスッ、そんなこと気にしなくいいのよ?見せてごらんなさい」

侍女「これなんですけどぉ……」スッ

トヨタマ「……?どこも汚れていないじゃない」

侍女「器の底に……ゴミがぁ……」グスグス…

トヨタマ「器の底……?何かしら……タピオカ??」

トヨタマ「……あら?よく見たらこれ――」



 AITAI横




トヨタマ「“A・I・T・A・I”……会いたい!?」

トヨタマ「もしかして、門の外に誰かいらっしゃったの??」

侍女「はいぃ……井戸の上の、桂の木の上に……イケメンさんが……」グスグス…

トヨタマ「イケメン??それは、どのくらいのイケメンなの?うちの父様くらい?」

侍女「王様より……ずっとイケメンでしたぁ……」グスグス…

トヨタマ「父様よりイケメンですって!?そんなまさか……」

侍女「そのイケメンさんが、水が欲しいって言うので器に汲んであげたら……」グスグス…

侍女「水を飲まずにこの玉を吐き捨てたんですぅ……」グスグス…

侍女「わたし、頑張って取ろうとしたんですけど……取れなくて……」グスグス…

侍女「それで、そのまま持って帰ってきたんですぅ……」グスグス…

トヨタマ「そう……わかったわ。あなたは何も悪くないのだから、気にしなくていいのよ?」ナデナデ

侍女「うぅ~……」グスグス…



トヨタマ「それにしても、この芸当……そのイケメンさんはきっと只者ではないわね……」

トヨタマ「いいわ、私が直々に様子を見に行って来ましょう!!」


―――――――
――――
――




<ワタツミの宮:玄関>

トヨタマ「……」ソッ


トヨタマ「……さすがに覗き穴からじゃ見えないわね」

トヨタマ「やっぱり外に出て様子を窺ってみましょう」

トヨタマ「もし相手が悪い殿方だったら、“真の姿(トゥルー・フォーム)”を解放して追い払えばいいわ」

トヨタマ「このワタツミの宮に迎え入れるにふさわしい方か、私が見定めてあげます!!」

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(一方その頃)
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ホオリ「う~ん……」ウロウロ…

ホオリ「結局心配になって門の脇まで来ちゃったけど……」ウロウロ……

ホオリ「インターホンを押してみるべきか否か……」ウロウロ……

ホオリ「う~ん……」ウロウロ…



ホオリ「……えぇ~い、悩んでても仕方ない!ここは男らしく当たって砕けろだ!!」

ホオリ「俺は押す!このインターホンを押すぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」クワッ!!


――ギィィィィッ(門が開く音)


トヨタマ「さぁ、どこからでもかかってらっしゃい!!」バーン!!

ホオリ「!?」ビクッ!!




トヨタマ「あっ(門を開けた瞬間目の前にイケメンが……)」

ホオリ「あっ(インターホン押す前に門が開いちゃった……)」



トヨタマ「……っ!!」フルフル…

ホオリ「えぇ~っと……どうも、こんにちは……」

ホオリ「君が、ワタツミの娘さん……かな?ちょっと話を聞いてもらいたいんだけど……」

トヨタマ「……っ!!」フルフル…

ホオリ「あのぉ~……聞いてる??」

トヨタマ「……っ!!」フルフル…

ホオリ「もしも~し!」

トヨタマ「……っ!!」フルフル…



トヨタマ(やだ!ホントにもの凄いイケメンじゃない!!)ズキューン!!



ホオリ「もしかして言葉が通じないのかな……?えくすきゅーずみー??」

トヨタマ「と……と……」



トヨタマ「「父様ぁぁぁぁぁぁ~っ!!!!」」



ホオリ「うわっ!!いきなり大声出して、何事だ!?」ビクッ!!



トヨタマ「「大変です!!門の前にイケメンが!!すぐ来てくださぁぁぁぁい!!!!」」



ホオリ「えぇっ!?もしかして、助けを呼ばれた??」オロオロ…

ホオリ「これは一旦逃げた方がいいのか???」オロオロ…


――ドタドタドタドタッ!!


ワタツミ「イケメンだと!?一体どこのどいつだ、トヨタマビメよ???」

トヨタマ「父様!このお方です!!」ビシィッ!!



ホオリ「おぉぅ!?えぇ~っと……ど、どうも……」ビクビク…



ワタツミ「おぉ!これは天津彦の御子、空津彦殿ではないか!!」

ホオリ(初対面なのになんか俺の顔、割れてる!?)

トヨタマ「父様、決めましたわ!私、このお方と結婚します!!」

ホオリ「えぇっ!?」

ワタツミ「そうか、それはめでたい!早速祝言の用意をしよう!!」

ホオリ「何その超展開!?って言うか、俺の意思は??」


ワタツミ「さぁさぁ、どうぞ上がってくだされ婿殿!!」グイッ!!

トヨタマ「行きましょう、あ・な・た♪」グイッ!!

ホオリ「いや、ちょっと待って!そんな急に言われても……」


ワタツミ「婿殿のために、アシカの皮の敷物を八枚重ねた特別席をご用意致そう!」

トヨタマ「父様、それだけでは不十分だわ。さらに絹の敷物も八枚重ねましょう!」

ワタツミ「それは名案だ!ご馳走もたっぷり用意しなければな!」

ホオリ「だから勝手に話を進めるなって!俺は別に結婚相手を探しに来たわけじゃ――」

ワタツミ「ハッハッハッ、恥ずかしがらんでも良いのですぞ婿殿!」

ワタツミ「最初は乗り気でなかったとしても、トヨタマビメの美貌を見た途端に心奪われるのは仕方のないことですからな!!」

トヨタマ「もう、父様ったら///」

ホオリ「いや、少しはこっちの話を聞けって!!」

ワタツミ「まぁ細かい話は後にして、まずはここに高らかに宣言しよう!」



ワタツミ「「今この時をもって、空津彦殿と我が娘トヨタマビメとを夫婦とする!!」」バーン!!



ホオリ「えぇぇぇっ!?」

トヨタマ「……///」ポッ


―完―

【キャスト】
ホオリ
シオツチ
トヨタマビメ
ワタツミ
侍女


作:若布彦(神話にありがちなスピード婚)

・・・次のお話はこちら⇒”海幸山幸神話③

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