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[“国譲り神話/天若日子編②”の続き]
――アメノワカヒコに裏切りの嫌疑がかけられるお話


<天安之河原>

――ザワザワ
――ザワザワザワ


アマテラス「みなさん、注目してください!!」


アマテラス「コホン……今回はタカミムスヒ様からみなさんにお話があるとのことです」

アマテラス「それではタカミムスヒ様、どうぞ」


タカミムスヒ「……」スッ
オモイカネ(通訳)「“この矢はアメノワカヒコに与えた矢である”」


――ザワザワ


タカミムスヒ「……」
オモイカネ(通訳)「“なぜこの矢が高天原に戻ってきたのか。その理由は定かではない”」

タカミムスヒ「……」
オモイカネ(通訳)「“そこで、これからこの矢を葦原の中つ国に向けて投げ返そうと思う”」


――ザワザワ


タカミムスヒ「……」
オモイカネ(通訳)「“もしアメノワカヒコが命に違わず荒ぶる神を射た矢がここまで飛んできただけであれば、投げ返してもアメノワカヒコには当たらないだろう”」

タカミムスヒ「……」
オモイカネ(通訳)「“一方、もしそうではなく、アメノワカヒコに邪心があってのことならば……”」

タカミムスヒ「……」
オモイカネ(通訳)「“そんな裏切り者はこの矢に当たって死んでしまえ!”」


――ザワザワザワ!?


オモイカネ「……って、えぇっ!?」

アマテラス「オモイカネさん!!アメノワカヒコを殺してしまうおつもりなのですか!?」

オモイカネ「いやいや、私は通訳として喋っただけで、私の案じゃないですから!!」

アマテラス「親御さん、もといアマツクニタマさんの了解はとったのですか?」

オモイカネ「だから私は知りませんって!!」

タカミムスヒ「……」スタスタ



タカミムスヒ「……」スゥー

アマテラス「はっ!目を離した隙にタカミムスヒ様が矢を携えておもむろに本格派右腕さながらのワインドアップを……」

オモイカネ「あそこは、あの矢が飛んできたときに空いた穴では??」



タカミムスヒ「……!」ブンッ!!

アマテラス「投げたぁぁぁーーーっ!!」

オモイカネ「矢がもの凄い勢いで葦原の中つ国に……!!」



タカミムスヒ「……」グッ!!

オモイカネ「三振とってガッツポーズするジェスチャーまでしなくていいですから!」

アマテラス「とにかく、もう投げてしまった以上、黙って見守るしかありませんね……」



アマテラス「葦原の中つ国ビジョン、スイッチオンです!」ポチッ


―――――――
――――
――


<アメノワカヒコの家>

シタテルヒメの声『あなた~!朝ですよぉ~!』


アメノワカヒコ「むにゃ……あと5分……」Zzz…

アメノワカヒコ「……」Zzz…



シタテルヒメの声『朝食の準備もできましたよぉ~!』


アメノワカヒコ「ベーコン……」Zzz…

アメノワカヒコ「……」Zzz…



シタテルヒメの声『連ドラ、始まっちゃいますよぉ~!』


アメノワカヒコ「ん……んぅ……」

アメノワカヒコ「もう朝……かぁ……?」


――ヒューーーーン

――ドスッ!!


 ・
 ・
 ・


――ガラッ


シタテルヒメ「もう、あなたったら!」

シタテルヒメ「早く起きないと、いたずらしちゃいますよぉ~♪」ワシワシ



アメノワカヒコ「……(死~ん」



シタテルヒメ「えっ……嘘……あなた………?」



「「「キャアァァァァァァッ!!!!」」」


―――――――
――――
――


<天安之河原>

アマテラス「……」
オモイカネ「……」
タカミムスヒ「……」



アマテラス「本当に……当たってしまいましたね……」

オモイカネ「つまり……アメノワカヒコは裏切ったということですか??」

タカミムスヒ「……」コクコク

アマテラス「そんな……こんな結末、誰も望んでは……」

オモイカネ「これが“返し矢”の恐ろしさですか……」


アマテラス「……まぁ、アメノワカヒコが裏切ったのであれば、天罰が下るのは致し方ありません」

オモイカネ「……」

アマテラス「ですが、せめて鳴女さんの報告を基に、きちんと法廷で決着を付けたかったです……」

オモイカネ「そうは言っても、これだけ待って帰って来ないということは、鳴女は……」

タカミムスヒ「……」

アマテラス「天に向けて射られた矢に血が付いていたということは、そういうことでしょうね……」

オモイカネ「鳴女の犠牲を忘れぬよう、行ったきりで戻らない使者のことを“雉の頓使い(ひたづかい)”と呼ぶことにしましょう」

アマテラス「そうですね。それがせめてもの弔いというものです」

タカミムスヒ「……」

オモイカネ「ところで、天津神諸氏にはこの結果をどう伝えましょう?」

アマテラス「う~ん……嘘は吐きたくありませんが、ありのまま伝えて動揺を招くのも避けたいですし……」


――ヒュォォォーーー


アマテラス「おや?何やら風が出てきましたね……」



――ヒュォォォーーー


声『グス……グス……』

声『あなた……どうして……』


――ヒュォォォーーー



アマテラス「こ、これは!?」

タカミムスヒ「!?」

オモイカネ「風に乗ってどこからか声が……!」



――ヒュォォォーーー


声『グス……グス……』

声『目を開けて……ワカヒコさん……』


――ヒュォォォーーー



アマテラス「……間違いありません!」

アマテラス「これは、アメノワカヒコさんの死を嘆く妻の声です!!」

オモイカネ「えぇっ!?」



???「お嬢、ちょっといいかい?」



オモイカネ「あっ!あなたは……」

アマテラス「アマツクニタマさん!!」

アマツクニタマ「悪いな、大事な話の最中に」


オモイカネ(マズい!遺族への説明には特に慎重な言葉選びが要るのに、こんな急に来られたら……)


アマテラス「あ、あの……アメノワカヒコさんは……その……」シドロモドロ

アマツクニタマ「無理に気を遣おうとしてくれなくて構わねぇよ。事情はだいたい把握した」

アマテラス「えっ……?」

アマツクニタマ「うちの息子は高天原を裏切って死んだ。……そうだろ?」

アマテラス「…………はい」

アマツクニタマ「やっぱりな」

アマツクニタマ「そうじゃなきゃ、こんな悲しげな女の泣き声が聞こえてくるはずねぇ」

アマテラス「……」

アマツクニタマ「女をこれだけ悲しませるってことは、あいつもそれだけ本気でその女を愛してたってことだ」

アマツクニタマ「つまり、あいつは使者としての命より、自分の幸せを優先した。だから矢に当たって死んだんだ」

アマツクニタマ「まったく、馬鹿なヤツだよな……ハハッ」

アマテラス「……」

オモイカネ(アマツクニタマさん……なんて悲しそうな目……)



アマツクニタマ「それで、お嬢に折り入って頼みがあるんだが」

アマテラス「ふぇっ?な、なんでしょう?」

アマツクニタマ「俺を……中つ国に行かせてもらえねぇか?」

アマテラス「葦原の中つ国へ……?どういうことですか?」

アマツクニタマ「あいつの……アメノワカヒコの葬式をやってやりてぇんだ」

アマテラス「!!」

アマツクニタマ「裏切り者を弔うのが間違ってるのはわかってる。だけどな、あんな馬鹿でも俺にとっては可愛い息子なんだ……」

アマテラス「……」

アマツクニタマ「もちろん、盛大に弔いたいとは言わねぇ。行くのは俺と、こっちにいるワカヒコの妻子だけでいい」

アマツクニタマ「さすがに、裏切り者の葬式を他の天津神に手伝わせるわけにはいかねぇからな」

アマテラス「そうは言っても、さすがに身内だけで全て行うのは……」

アマツクニタマ「なぁに、現地で鳥でも捕まえて手伝わせるさ。だから……頼むよ」

アマテラス「……」

オモイカネ「アマテラス様……」



アマテラス「……わかりました」

アマテラス「アマツクニタマさんご一行の中つ国行きを許可しましょう」


―――――――
――――
――


<葦原の中つ国>

アマツクニタマ「……朝……か…………」

アマツクニタマ「中つ国にもずいぶん長居しちまったな……」


アマツクニタマ「こっちへ降りてきて家族でひとしきり泣いた後、まず喪屋を建てて……」


アマツクニタマ「それから川雁を供物持ち、鷺を掃除係、カワセミを料理番、スズメを米搗き女、雉を泣き女の役に指定して……」


アマツクニタマ「八日八晩歌い踊って弔ったからなぁ……。さすがに疲れも出てきた……」

アマツクニタマ「そろそろワカヒコを葬って、高天原へ帰るとするか……」



???「なぁ、そこのあんた、アメノワカヒコの葬式場はここで合ってるか?」



アマツクニタマ「……ん?あぁ、そうだ。あんたもあいつの知り合いか?だったら――」クルッ

タカヒコネ「知り合いと言うか……控えめに言って親友だな」

アマツクニタマ「っ!?」

タカヒコネ「どうにか埋葬までに間に合って良かった……。別れの前に、文句の一つも付けてやらないと気が済まないからな……」



タカヒコネ「おい、ワカヒコ……お前、一生懸けてテルを幸せにするって約束したよな……?」

タカヒコネ「その懸ける“一生”が……短すぎるんだよ、この馬鹿野郎!!」

タカヒコネ「うちの大事な妹……泣かせてんじゃ……ねぇょ…………」グスッ



アマツクニタマ「そ、そんな……信じられねぇ……」

アマツクニタマ「ワカヒコ!おめぇ、生きてたのか!!」ガバッ!!

タカヒコネ「うわっ、なんだお前!いきなり抱きついてくるな、気色悪い!!」バタバタ

アマツクニタマ「みんな集まれぇ~!俺の息子は死んでいなかったぞぉぉぉ!!!」

タカヒコネ「待て、神違いだ!俺の話を聞け!!」バタバタ


――ゾロゾロ


妻「本当だわ!私の愛する夫は死んでなんかいなかった!!」ガバッ!!

子「父ちゃん!死んでなかったんだね!!」ガバッ!!

アマツクニタマ「生きていてくれて嬉しいぞ、ワカヒコぉぉぉ~!!」ギューッ


身内一同「「Wakahiko is NOT dead!! yeahhhh!!!!!」」



タカヒコネ「いい加減にしろぉぉぉ!!!」バキッ!!

アマツクニタマ「いてっ!生き返ったと思ったらいきなり父親を殴るなんて、反抗期か!?」

タカヒコネ「反抗期もクソもあるか!俺の話を聞け!!」

アマツクニタマ「はっ!そうだよな、8年ぶりの再会なんだから積もる話もあるよな」

タカヒコネ「8年ぶりどころか、俺はあんたらと会ったことなんて無いんだよ!」

アマツクニタマ「何言ってんだ?頭でも打ったか??」

タカヒコネ「違うわ!俺はアメノワカヒコと見目は似ているが、全くの別神だ」

アマツクニタマ「なるほど……そういう設定で中二病を拗らせたわけだな」

タカヒコネ「設定じゃねぇっての!なんなら戸籍謄本でも取って来てやろうか!?」

アマツクニタマ「う~む……確かに、言われてみれば左目の下のほくろの位置が0.5mm低いような……」

タカヒコネ「お、おぅ……そうだろ?(なんでわかるんだこいつ……)」



タカヒコネ「とにかく、俺は親友として弔問に来ただけだ」

アマツクニタマ「そうだったのか……すまねぇことをしたな……」

タカヒコネ「まったく、葬式に行って死者と間違えられるなんて不愉快だ!」

アマツクニタマ「そうは言っても、そんなにそっくりなら仕方ないだろう……」

タカヒコネ「仕方なくないわ!息子と他の神を見間違うなんて、あんたそれでも親か!?」

アマツクニタマ「ぐぬぬ……」

タカヒコネ「あんたらの顔を見てるとイライラしてくる。とっとと高天原へ帰れ!」

タカヒコネ「もうこれで葬式は終わりだ!」シャキッ


――ズバッ!!
――ガラガラッ!!


アマツクニタマ「あぁっ!喪屋がバラバラに!!」

タカヒコネ「フンッ、我が剣“大量(おおはかり)”の切れ味、思い知ったか!」

アマツクニタマ「さすが別名“神度剣(かむどのつるぎ)”とも呼ばれる名剣だぜ……」

タカヒコネ「ついでに、残ったゴミはこうだ!!」ゲシッ!!

アマツクニタマ「あぁっ!蹴り飛ばされた破片が美濃国の藍見川の川上に突き刺さって喪山という山に!!」

タカヒコネ「……」



タカヒコネ「って言うか、さっきからセリフが説明的すぎるだろ……。もうちょっと考えろよ(小声」

アマツクニタマ「すまねぇ……いい具合に古事記の内容を詰め込む方法が思いつかなくて……(小声」

タカヒコネ「まぁいいけど……(小声」



タカヒコネ「と、とにかく!俺はもう帰るからな!!」ゴソゴソ…

タカヒコネ「タカヒコプター!!」テッテレー!!

アマツクニタマ「ちょっと待ってくれ、せめてお前さんの名前だけでも教えて――」

タカヒコネ「とうっ!!」シュバッ!!


――スイーーーー


アマツクニタマ「あぁ……怒ってなんかよくわからん秘密道具で飛んで行っちまった……」

アマツクニタマ「一体何者だったんだ?あのワカヒコのそっくりさんは……」



???「フッフッフッ……どうやらわたくしの出番のようですね……」ガサガサッ



アマツクニタマ「!?」

アマツクニタマ「あ、あんたは――」


シタテルヒメ「ワカヒコさんの妻……悲劇の未亡神“タカヒメ”こと、シタテルヒメ参上です!」


アマツクニタマ「いや、今さら名乗らなくても知ってるよ。一緒に八日八晩歌い踊った仲だろう?」

シタテルヒメ「あら?わたくしも葬儀に参列していたなんて設定ありましたっけ……?」

アマツクニタマ「常識的に考えて、あんたの泣く声を聞いて中つ国に降りて来たのに、あんた抜きで葬式やるわけねぇだろ?」

シタテルヒメ「それもそうですね」


アマツクニタマ「で、あんたはさっきの兄ちゃんが誰だか知ってるのか?」

シタテルヒメ「もちろんです!ここはわたくしの得意な歌に乗せてお教えしましょう――」



『天なるや 弟棚機(おとたなばた)の うながせる
 玉の御統(みすまる) 御統に あな玉はや
 み谷 二渡らす 阿遅志貴高日子根神ぞ』



シタテルヒメ「ふぅ……」

アマツクニタマ「おぉ!なんかアレだな、よくわからんな!!」

シタテルヒメ「えぇっ!?ちゃんと理解してください!!」

アマツクニタマ「いやぁ~、どうも歌には疎くてな」

シタテルヒメ「仕方ありませんね。それなら特別に大まかな意味をご説明します」



シタテルヒメ「“天の機織女が首に掛ける玉飾りの玉ように、谷を二つ渡るほどの輝きを放つあのお方は、アジスキタカヒコネノカミです”」


シタテルヒメ「程度の意味で捉えていただければ概ねOKでしょう。詳しくはググってください」

アマツクニタマ「なるほど。要するに、さっきの兄ちゃんはアジスキタカヒコネってんだな?」

シタテルヒメ「はい。ちなみにこの歌は“夷振(ひなぶり)”といいます」

アマツクニタマ「わざわざ歌にタイトルまで付けてたのか……」

シタテルヒメ「わたくしのお兄さまを賛美する歌ですもの。きちんとタイトルを付けて後世に語り継がないと」

アマツクニタマ「あぁそうかい……」



アマツクニタマ「……ん?さっきの兄ちゃんって、あんたの兄ちゃんだったのか!?」

シタテルヒメ「そうですよ?言いませんでしたか?」

アマツクニタマ「ってことは、つまりあんたは実の兄にそっくりなうちのワカヒコに嫁いだわけか!?」

シタテルヒメ「そ、それは……」


アマツクニタマ「あんた……実はアマテラス嬢ちゃんにも劣らぬブラコn――」

シタテルヒメ「わぁぁぁ~!!それ以上言わないでください!!」


―完―

【キャスト】
アマテラス
オモイカネ
タカミムスヒ
アメノワカヒコ
シタテルヒメ
アマツクニタマ
アジスキタカヒコネ


作:若布彦(動物愛護団体に怒られそうなお葬式……)

・・・次のお話はこちら⇒“国譲り神話/天之尾羽張編

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